自助グループの研究の中核的概念3:体験談のコミュニティ

 

自助グループの研究の中核にある3つの概念のうち、最後のものは、アメリカのコミュニティ心理学者、ジュリアン・ラッパポートが1993年に提唱したもので、自助グループを「体験談」の共同体として捉えるのである[i]

この3つ目の概念は、先の2つの概念と比べると、とてもわかりにくいと思うので、ていねいに説明していきたいが、まずは、「体験」と「体験談」の違いを考えてみてほしい。

「体験」とは、見たり、聞いたり、感じたりしたことだろう。「体験談」とは、それを誰かに話すことである。「体験」を話せば、「体験談」になると一般には考えられている。当たり前のことではないかと思うかもしれない。

しかし、実は、これは、それほど単純な話ではない。見たり、聞いたり、感じたりすることなら、いくらでも山のようにある。たとえば、Aさんに昨日の夜から今日の朝にかけての「体験」を話してくれと頼めば、Aさんは、次のような「体験」を話すだろう。

昨日の夜は寒かったので、歩いていると震えてしまった。昨日から会社に新しい顧客システムが導入された。仕事には疲れた。会社を出ると、雨が振りそうだったが、傘を職場に忘れていたことに気づいた。いつもの飲み屋に行ったら、いつもの飲み仲間と、職場の新人が来ていた。『お先に、やってます!』とコップを上げて、声をかけてきたので、負けずに飲んでやろうと思った。飲み屋の主人が、他の客との話に夢中になって、俺の話を聞かなかったので、大きな声を出して呼びかけた。横に、強い匂いのする香水をつけた若い女がいたので、どこから来ましたかと聞けば、横浜だと言っていた。朝は、体が冷えると思っていたら、服が濡れていた。妻が、いつものように不機嫌な様子なので、相手にせずに、シャワーを浴びようと思って、風呂場に行くと、気分が悪くなり、そこで少しだけ吐いた。娘が泣いて、自分にわめきちらすので、汚れた下着を丸めて投げつけてやった。会社に行ったら、新人が、ヘラヘラ笑いながら、『昨日はだいじょうぶでしたか』とか聞いてきたが、新人のくせにベテランの俺に何を言うのかと、腹が立ち、無視した。上司が朝から俺を呼び出し、書類にミスが多いという。

これはAさんの「体験」である。見たり、聞いたりしたことで、覚えていることを思いつくままに言ったような感じだが、明らかに、これは「体験談」ではない。つまり「体験」を語るだけでは「体験談」にならない[ii]。上記のようなAさんの「語り」は、断片的で、まとまりがなく、聞き手に何を伝えたいのかがわからない。いや、「聞き手」そのものを前提としていないのである。

 ここに「面白くない毎日」というテーマを入れると、「体験談」らしくなる。テーマに関係ない「体験」は削って、テーマに関連する体験だけ、因果関係などをつけて結びつける。すると、まとまった一つの「語り」になる。

昨日の仕事は、新しいシステムの導入とかがあり、たいへんで、とても疲れたのです。これは酒を飲まずにいられるかと思い、いつもの飲み屋に行けば、いつもの飲み仲間と職場の新人が来ていました。『お先に、やってます!』と声をかけてきたが、新人のくせに何をやっているのだと腹が立ちました。私が新人のころは、仕事になれるのに一生懸命で酒なんて飲む余裕がなかったですよ。近頃の若い奴は、気軽なもんだと思い、無視して、ひとり飲んでいました。そのあとは、酔っ払ってしまって、あまり記憶がないのですが、気がつくと家にいました。朝になって会社に行く時間になっていたので、シャワーを浴びて、着替えようとしたら、妻も娘も何やらうるさく言うのですよ。こっちは、つまらない仕事を毎日させられているんだから、飲んで帰ってくるぐらいいいじゃないですか。それで会社に行ったら、新人がニヤニヤ笑いながら、『昨日はだいじょうぶでしたか』とか聞いてきたので、新人のくせに何を言うかと、あれくらいの酒で、俺が潰れると思っているのか!と思いましたが、こっちもオトナなので、黙って無視してやりました。

前の断片的な「体験」の羅列と比べるとわかるように、こんどは「体験談」として「面白くない毎日」というテーマがあるので、それに関係がないところ、たとえば、汚れた下着を娘に投げつけたという「体験」は語られていない。「語り手」として、「聞き手」に、あまりに悪い印象を与えたくないからである。「語り手」は、どんな印象を「聞き手」に残したいかを意識して語るのである。

 このAさんが、断酒会というアルコール依存症者の自助グループに参加するようになったとしよう。これは、断酒会という「体験談のコミュニティ」に加わることを意味する。断酒会には、酒の問題で家族を苦しめたという「体験談」が、山のように蓄積されている。それを聴き続けることによってAさんの「体験談」も変わってくる。テーマも「面白くない毎日」から、たとえば「自己中心的で、家族のことを何も考えなかった愚かな私」になる。Aさんが、断酒会で「体験談」を語るとしたら、次のような感じになるだろう(以下の例は、完全に私の創作である)。

毎日の仕事に私は不満でしたが、仕事への不満の解消を口実にして、私は好きな酒を飲んでいました。会社帰りに、いつもの飲み屋に行けば、いつもの飲み仲間と職場の新人が来ていましたが、なんだか楽しそうに飲んでいたので、私とは雰囲気が合わなくて、ひとりで飲んでいました。最後のほうになると、かなり酔っ払ってしまい、飲み屋の主人に怒鳴ったり、近くにいる若い女性客が嫌がっているのに、ねちねちと話しかけたりしていました。そのあとは、記憶がなくなってしまい、気がつくと家にいました。寒くて目が冷めたのですが、恥ずかしいことに失禁していました。断酒したあとに、家族に言われたのですが、その日は娘の高校の入学式があったんですよ。全く知りませんでした。入学式の前の晩に、父親が酔っ払って夜中に帰ってきて、部屋で垂れ流しでしょ。娘がどんな思いで、それを見ていたのか、それを思うと泣くに泣けません。それに私は、ほとんど記憶がないのですが、娘の新しい制服に向かって吐いたっていうんですよ。娘は、大泣きしていました。お父さんのせいで、せっかくの入学式の日がだいなしだってね。私は狂っていたんですね。その泣いている娘の顔に自分の汚れた下着を投げつけて、笑っていました。妻も絶望していたと思います。それでも、私はなぜか平気で、その次の日も出社したんですが、前の晩に会った新人から心配されました。これも断酒してから妻に教えてもらったことですが、彼が酔いつぶれた私をタクシーで家まで送ってくれたんですよ。そんなこともわからず、彼には悪いことをしました。家では、最低の父であり、夫でした。職場では、新人にまで迷惑をかける会社員で、これもそれも酒が私を狂わせたのだと思っています。それを忘れず、今日も一日断酒でがんばります。ありがとうございました。

日本の断酒会は、その前身になる断酒友の会の1953年の結成を出発点と考えれば、すでに60年の歴史を誇る。60年間の長きにわたって、体験談が積み重ねられてきた。

 私は、私の勤務先の大学生に断酒会の集まりに誘うことがよくあるが、会員たちの体験談を聞いたあと、学生たちは「体験談は、みんな似ている。ワンパターンだ」という。上の体験談の例にあげたように、酒のために家族や周囲の人々に迷惑をかけたことを反省し、「一日断酒で、がんばります」という言葉で締めくくるものが多い。「一日断酒」とは、断酒会の体験的知識が結晶化したもののひとつで、「将来のことを思いわずらったり、過去を悔やんで悩むよりも、まずは、今日一日、飲まないようにがんばることが大切だ」という教えなのである[iii]

 その日は、娘の高校の入学式であったこと、その娘の新しい制服を自分の吐瀉物で汚したこと、酔い潰れた彼を自宅まで送り届けたのは新人の同僚だったこと。すべては、酔っていたときには知ることができなかったことだ。酒害から醒め、冷静に過去の自分を振り返るようになったとき、初めて周りから教えてもらえる真実がある。それを取り入れて、たとえ10年前のできごとを語る体験談でも、どんどん変わっていく。

 自助グループでは、体験談が語られる。それだけ聞くと、過去のことを何度も同じように語っていると思われるかもしれないが、しかし、断酒会では、上の例で示したように、同じできごとを語る体験談も、より深い洞察をもとに、しだいに変わっていくのである。それは、自助グループのなかで同じくアルコール依存症に苦しんだ仲間の体験談を聴き続けることによって可能になる。そして結果として、グループの外から見れば、似たような体験談になっていくのかもしれない。なぜなら、そこには自助グループの体験的知識が具現化されているからである。

 自死遺族の場合はどうだろう。私は、自死遺族のわかちあいに出たことがないので[iv]、ここで詳しく論じられるほどの知識はない。遺族の体験が冊子になってまとめられてる例は多いが、それは基本的に遺族以外の人にも読ませてよい内容に限られており、実際にわかちあいで語られることとは、かなり違うだろう。また体験談は、文字によるよりも、こちらを見つめる目の前で傾ける耳に向かって語られるときに、また聴き手の静かな頷きや温かく包む柔和な表情に励まされるときに、より深く、強い印象とともに自助グループの目に見えない財産として蓄積される。そして、それが、やがて自助グループを「体験談のコミュニティ」にしていくのである。

 自死遺族の自助グループにどれだけ財産としての体験談が積み上げられてきたか。それは、自助グループのなかにいる遺族にしかわからないだろう。ただ言えることは、それには継続的なわかちあいが必要で、なによりも年月がかかる。だから、新しいグループは、長く活動している自助グループから、その財産を分けてもらうと良い。体験談という財産は、分かち合えば分かち合うほど種類も内容も豊かになっていく。個人だけではなく、自助グループどうしも、ひとつの「体験談のコミュニティ」を作っているのである。

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[i]  Rappaport(1993). 「体験談の共同体」とは、ナラティブ・コミュニティの和訳として私が考えたものである。自死遺族の自助グループの研究において、この概念をわが国で最初に使った研究者は、将来を嘱望されながらも若くして亡くなった優れた心理学者、良原誠崇であったと思う。彼が、自死遺族の自助グループのリーダーへのインタビューによってまとめた先駆的な研究(良原, 2009)は、ナラティブの和訳としてもっとも一般的な「物語」という訳語を使ったために、一部の遺族の反発を招いていた。「物語」という言葉が「架空の話」のように伝わり、厳しい現実に向かい合う遺族には違和感があったのである。よって、ここではナラティブを「体験談」と訳しておいた。厳密には、ナラティブは「体験談」よりもっと大きな概念であるが、自助グループのナラティブの主要な部分は「体験談」であるとしても大きな間違いではないと考えたからである。

[ii] このあたりの議論は、ナラティブ論としてよく知られたものである。たとえばGergen(=2004)の「構造としての対話:物語(ナラティヴ)的現実」(pp. 102-108)が参考になる。

[iii] 断酒会は、アメリカで結成されたアルコール依存症者の自助グループ、アルコホーリクス・アノニマス(以下、AA)に大きな影響を受けているが、そのAAOne Day at a Timeという言葉を使う。いま、現在の一日に集中せよという意味で、断酒会の「一日断酒」は、それを意訳したものだと考えられる。Haggerty (2022).

[iv] わかちあいのルール1:当事者だけで

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