わかちあいのルール3:メモをとらない

 

これは、ある自助グループで、私がたまたま聞いたルールである。遺族の自助グループが、すべてこのルールを守っているのかどうか、私にはわからない。しかし、このルールが言われている根拠となることは、遺族の自助グループに共通しているのだろう。ここでは、それを前提として考えてみたい。

 一般的にいって、自助グループのわかちあいにおいて「メモは禁止」としているところは多いが、必ずしも絶対的なルールではない。ある遺族は「自称・わかちあいの専門家」が「わかちあいとは何か」を研修か何かでやっていたので、それに参加したそうだが、ある出席者がメモをとっていたら、講師から「そこ! メモをとるんじゃない!」と指さされて怒鳴られたとか。「わかちあいでは、メモをとらない」ということを伝えたかったのかもしれないが、研修が「わかちあい」であるはずはないし、わけのわからない話だ。

 とにかく「わかちあい」では、ゆったりと安心できる雰囲気が何より大切なのであって、多くの禁止事項をあまりに強調するのもどうかと思う。「ご自分の気づきにつながったり、自分にとって役立ったと思うところは、メモをしてくださってけっこうです」とアナウンスする自助グループもある(遺族の会ではなかったが)。つまり、わかちあいの場で誰が何を言ったかという他人のことではなく、それを聞いて自分自身のことで気づいたこと、たとえば、他の人の体験談を聴くことで自分には家族との和解が必要なのだと気づいたなら、それをメモしておく。一方、障害や病気をめぐる自助グループでは、わかちあいのなかで耳にした具体的な役立つ制度や施設、介護用品の名前をメモしたいという希望は、当然出てくるから「メモをしてはいけない」というルールは、ほとんど聞いたことがない。要するに、社会的なサービスとか、それを申請する手続きとかという社会的なことを話し合うグループでは、メモは必須だろうが、個人によって大きく異なる内面をわかちあうグループでは、メモは不要だし、何を書かれているのだろうと相手の不安も高めてしまうから、かえって有害だと見なされているのである。

 そうなると、遺族の自助グループで言われる「メモをしてはいけない」というルールは、まずは互いの秘密保持のためにあるように思われるが、では、十分に信頼しあっている仲間のなかでは「メモ」は許されるのだろうかという疑問が出てくる。しかし、本質は、そういうところにはないと思う。

 私の考えをいえば、「メモをとらない」というのは、わかちあいでの聴く姿勢を言っているのではないか、ということだ。

 わかちあいの場は、少なくとも自死遺族のわかちあいの場は、基本的に情報交換を目的とした場ではない。ビジネスの場のように役立つ情報をやりとりしているわけではない。遺族の生き方、あるいは生そのものが語られているのである。言葉だけではない。声の調子や高さ、低さ、身体の震え、手や足の動き、表情や涙、咳やため息、これら全てから伝えられている。伝えられたものを受けとろうとするとき、その圧倒的な勢いのために、メモで、言葉を書き留める余裕などないはずだ。全身全霊で語られている言葉は、やはり全身全霊で受けとられるべきなのである。あるいは他の遺族が全身全霊で発した声が、自分自身の魂のなかで反響し、まるで大きな寺の鐘の下にいるように、ぐらぐらと揺さぶられ、大地に手をついて天を仰ぐような、そういう聴き方が期待されているのだと思う。

 言い換えれば「メモをとってはいけない」というより、本気でわかちあいに臨むのなら「メモはとれない」あるいは「メモがとれるはずがない」ということだ。あるいは、それくらいの気持ちで、わかちあいに参加してほしいという願いが、そこにある。私自身は、遺族のわかちあいに参加したことはないが、調査の一環としてメモを取りながら遺族の話を聴いたことは何度もある。そのとき、遺族の声に耳を傾けながらも、メモを取る手が止まることがある。気持ちが圧倒されて、メモが取れなくなるのである。わかちあいに参加する遺族も同じような体験をしているのではないだろうか。

 そう考えると、遺族が行政が主催する「わかちあい」の集いに参加したとき、なぜあそこまで深く失望したのかがわかる。そこでは、行政職員が、遺族数人を真ん中に集めて「わかちあい」をするように促し(そんな状況で「わかちあい」などできるはずもないのだが)、その周りを囲むようにして座る職員が、ペンをたえず走らせてメモをとる。遺族が一言、発するたびに、ペンが動く音がする。それに遺族が戸惑う表情を見せると、「勉強させていただきますので」と頭を下げられる。これは行政職員として市民の声を聴く通常の方法かもしれないが、「わかちあい」がどういうものなのか、何もわかっていないことを示している。 

2002

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