遺族として生きる意味

 

「孤立した遺族が、自助グループに集い、自分たちの生き方を作り上げていく」ことを書いたが[i]、具体的にどういう生き方なのだろうか。それを考えるためには、以下の4つのことがヒントになると考えている。

 まず、その遺族の生き方は、遺族の自助グループですでに信念をもって活動している遺族の姿に現れているということである。本を読んで何かの抽象的な概念を使ってみたり、あるいは、あれこれと架空のことを想像したりするのではなく、私の近くにいる遺族のかたが語っていること、行っていることを思い出し、それを考えることで十分なのではないか。私の仕事は、それを言葉で表現することだと思う。

 第2に、遺族の生き方は、かつては(おそらくは慣習という形で)存在していたものの、忘れられたと仮定したい。つまり、私たちは遠い過去には、その生き方を知っていたはずではないか。昔は、死はもっと身近なものであったからである。死が身近であった理由は、いくつかあげられる。まず昔の人は、いまよりも短命であった。自然災害や疫病の流行、戦争があった。周りで、そして目の前で人が死ぬ場面が多くあった。いまは少なくとも日本では(大震災や大きな事故を例外として)それがほとんど無い。また現代の日本は多死社会であり、生まれる者よりも死ぬ者のほうが多いのだが、死ぬときは病院の片隅でひっそりと亡くなる。だから、死は、多くの人からは見えない。隠されているといってもいいかもしれない。さらに人々のつながりが弱くなり、ごく近い人の死しか見えなくなった。たとえば、私の親族が亡くなっても私には連絡すら来ないことがある。親族といえども、もはや他人のようになっている。こういう事例は、私だけではないだろう。死を悼むのは、死を悼むだけの関係があったからこそであり、そもそもその関係がなければ、何の実感もない他人の死なのである。このように死は、現代では、私たちの日常から遠いものとなった。愛する者の死とむかいあう遺族としての生き方も、そのために見えなくなり、そして忘れられたのかもしれないと思う。

 第3に、遺族の生き方を考えるときには、亡くなった人との関係を考えるということである。たとえば、遺族の代わりに「死別体験者」という言葉を使う人がいる。「遺族」であれば「残された者」として「先立った者」との関係が含まれているが、「死別体験者」では、「体験」が強調され、その体験をもつ個人だけに焦点が当てられる。その「体験」のなかでも心理的な面だけが強調されれば、「悲嘆」だけが浮き上がるかもしれない。グリーフケアのためのグループワークは、悲嘆の体験者の集まりで行われるのだろう。そういった「悲嘆体験者」あるいは「死別体験者」のグループと、遺族の自助グループとは違うのではないか。つまり、遺族の自助グループには、何らかの形で亡くなった人がかかわっている。亡くなった人との関係は、「死別体験」とか「悲嘆」といった個人的な体験や心理的な現象にとどまらないのである。グリーフケアのためのグループワークが、個人的な体験を語り、自己の内面の心理的な問題を処理することを目標とし、それにとどまるのに対して、遺族の自助グループは、個人的な生活を超えて、社会の問題にもかかわろうとすることがあるのは、遺族の自助グループには、亡くなった人の声が届いているからではないだろうか。

 そして最後に、遺族の生き方を考えるときには、グリーフケアなどを専門とする専門家の意見に影響されがちであるが、そうした心理学や精神医学は、たいてい西洋で展開されてきたものであり、西洋は、日本と大きく異なる死生観をもつことを忘れないことである。

元来、日本では、先祖の霊魂は、西方十万億土の彼方にある「極楽浄土」や、ユダヤ・キリスト教的なこの世と隔絶された「神の国」に行くのではなく、もっとわれわれに身近な、いわば「草葉の陰」にいて、日々、われわれ子孫を見守っていると考えられてきた。だから、墓参りでも、酷暑期のお盆には、墓石に「暑かっただろう」といって水をかけ、故人が好きであった酒瓶の蓋を開けたり、タバコに火を点けたりして墓前に供えるのである。[ii]

すでに述べたように、遺族は、亡くなった人との関係で考えていくから、亡くなった人がいまどこにいるかで、遺族の振るまいかたも違ってくるはずだ。個人の悲嘆とう心理的側面だけを考えるのなら、海外の理論を使って分析するのもいいのかもしれないが、個人を超えて、亡くなった人の存在まで視野に入れる遺族の場合は、異なる死生観の上に成り立った概念や理論はそのままでは使えないだろう。遺族の自助グループが、海外で生み出されたグリーフケアに違和感をもつのも、そのためなのかもしれない。

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[i] 遺族が生き方を作りあげていく

[ii]  三宅(2014), pp. 38-39.

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