対話という手法

 

この本の執筆は私の「行為遂行的発話」であると書いたが[i]、具体的にどのように書いていこうとするのか、その手法についてここでは述べてみたい。

誰かわかってしまうと良くないので、はっきりとは書けないが、重い死に至る病を患っている人へのインタビュー調査で有名になった研究者が講師となった研究会に参加したことがある。その人は、その調査からどんなことを得たのか、滔々(とうとう)と話していた。死が近い人が語った深刻な内容を本当に嬉しそうに語る、その様子に私は強い違和感を覚えながらも、前のほうに座っていた私は途中退出するわけにもいかず、イライラしながら聞いていた。そして、その長い発表がようやく終わると、私は、すぐさま手を上げて、すでにかかえきれなくなるほどに大きくなった質問を投げかけた。インタビューを終えて、あなたは、いま何を思っていますか、と。すると、その人は、やはり満面の笑みを浮かべて「とても面白いデータが取れたと思っていますので、こんどは別の分野にチャレンジしてみたいです」と答えた。

 私は、そのとき、どんな顔をしただろうか。よく覚えてはいないのだが、声を失い、何も言えなかったように思う。いったい「面白い」とは何なのか。重い病で苦しむ声を聞いて「面白い」と思うのか。学問的に「面白い」というのなら、それでもいい。しかし、それだけで終わっていいのか。なんらかの提言もないのか。患者たちは同じ病気で苦しむ人たちの状況が少しでも良くなるようにと願って話してくれたのである。そこに何も返さないのか。聞いたら、もう終わりなのか。「こんどは別の分野にチャレンジ」とはどういうことだ。

 怒りのようなものが、ふつふつとわいてきた。私は共感を求めて周りをみわたしてみた。しかし、意外なことに周囲の人たちは、皆そろいもそろって、この人を誉めていた。素晴らしい研究だと拍手していた。そしてインタビューの(私には、どうでもいいようにも思える)細かい手法的な質問を続けている。

 よく見れば、その場で社会福祉学を専門とするのは、私ひとりだった。あとは、なんとか学という専門家ばかりだ。「学問としては、これでいいんだな」と初めて思った。知的な、学問的好奇心から現状を分析するのが、彼らの仕事だ。じゃあ、この病の人が、これからどうやって生きていくのか、それをいっしょに考えていこうというのは、実践をともなう社会福祉学の姿勢であっても、この人たちには関心外のことなのだ。臨床医学と細胞生物学の違いと似ているのかもしれない。ある条件で、がん細胞が増える速さが大きくなったことを細胞生物学では「面白い」と言うだろうが、実際に患者を看ている医師が「面白い」とは言わないはずだ。あの学者も、自分の専門分野の学問的な意味で「面白い」と発言したにすぎない。

 私の立場は違う。自助グループに集う自死遺族にかかわる本を書いているのだが、遺族の心理や社会的状況を分析しようとは思っていない。この本には、数字を並べた表やグラフも無い。遺族のお話はたくさん聞かせていただいたし、録音もしてきたが、そのインタビューをデータとして分析したということでもない。ただ自助グループに集う自死遺族とともに歩んでいきたいという気持ちがある。

 私の立場をひとことでいえば、遺族との対話で進めていこうというものだ[ii]。対話で進めるという意味を説明するために、対話がない例をあげてみると、さきほどの研究である。その人は、患者へのインタビューから学問的に興味深い「面白い」発見をした。しかし、その「面白さ」は特別な理論や概念に結びついたものなので、一般人である患者には理解ができない。遺族が答えたアンケートの結果が、数字の表になって出てくるが、統計学のなにやら難しい数学的手法が使われ、何らかの結論が出ているのだが、それが合っているかどうか普通の遺族にはわからない。その結果、遺族の側からデータが出され、それを研究者が分析する。その分析に対して遺族がさらに何かを言うということはない。流れが一方的で、そこには対話がない。多くの「科学的研究」と呼ばれるものは、そういうものである。狭い専門家の世界だけで通用する言葉が使われている。人を対象として研究しても対象となる人はデータを提供するだけであって、そのデータの分析の過程に発言権は与えられていない。

 これを「強制的アプローチ」と呼ぶ人もいる[iii]。「強制」とは厳しい言い方だが、研究者が持っている考え方の枠組みを押し付ける形になっているということだ。私は、もちろん、この立場をとっていない。

 それに対して「共感的アプローチ」がある[iv]。それは当事者への共感に終始して解決しようとするものである。当事者の目線で当事者がもつ考え方の枠組みのなかだけで考えていく。当事者の側から、それを要求すれば「当事者主権」の考え方に重なるだろう。当事者主権とは「私以外のだれも―国家も、家族も、専門家も―私がだれであるか、私のニーズが何であるかを代わって決めることを許さない、という立場の表明である」[v]からだ。

 私の立場は、この「共感的アプローチ」でもない。なぜなら「共感的アプローチ」は、当事者がもつ考え方の枠組みから一歩も外に出ない。当事者どうしの対話はあるが、当事者とその他の人との対話がない。この立場そのものが間違っていると言いたいわけではなく、この立場で十分なら当事者ではない私がかかわる余地はない。私が、自死遺族の自助グループにかかわり始めたのは、自助グループから私へのアプローチがあったからだ[vi]。それは当事者のなかだけで完結する「共感的アプローチ」では限界があるとの判断だったのだと思う。

 専門家が自分たちの狭い世界だけで通用する概念や手法を用いるのが「強制的アプローチ」、当事者が自分たちだけの論理で考えていくのが「共感的アプローチ」とすれば、そのどちらでもないのが「対話的アプローチ」だ[vii]。この3つのうち、どれが正しいとか、優れているとか、そのような議論をしているわけではない。実際、どれが他よりも優れているというわけではない。そうではなく、私に求められているのは「対話的アプローチ」であり、その前提で本書もそのアプローチを用いている。

 私の「対話的アプローチ」は、当事者としての体験をもたない私が、当事者の体験や思いに耳を傾けることから始まる。一方で、さまざまな学問で言われていることを自分のなかで用意する。そして、その二つのもの、つまり当事者の言葉と専門家あるいは学問の言葉を結びつけ、再度、当事者に示していく。それで当事者が納得すれば、次に進み、納得しなければ、別の方向を考える。私が年に一度、全国自死遺族連絡会で行う講演と、その講演記録のネットでの公開は、その「対話的アプローチ」の一環だった。この本自体も執筆途中の原稿が、インターネットで遺族には読める形にしていた。それによって「対話」が進むと考えたからである。

 「対話」によって研究を進めていくことは、自死遺族と、その周囲の人々の対話が進んでいくということを私が願っていることでもある。

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[i]  「悲しみは愛しさ」は誰の言葉か.

[ii]  対話によって学術研究を進める社会構成主義の立場をここでは取っている Gergen(=2004)

[iii]  Edenほか (1983), p. 18. 企業の組織などの問題の解決を、コンサルタントが依頼されたとき、コンサルタントは自分がもつ経営学の知識や理論を用いて解決しようとする。そのようなアプローチを、ここでは「強制的アプローチ」と呼んでいる。後に述べる「共感的アプローチ」「交渉的アプローチ」と合わせて、3つの援助のスタイルと呼んでいる。詳しくは Edenほか(1979).

[iv]  Edenほか (1983), p. 19.

[v]  中西・上野(2003), p. 4. Edenほか(1979)は、このアプローチの限界の一つとして、当事者といえども当事者どうしで考え方が一致するわけではないことを述べている(p. 123)

[vi]  私の自死遺族の自助グループの研究は、自助グループを運営している田中幸子さんからの依頼で始まった。これについては「悲嘆回復プロセス論は間違っている」で書いた。

[vii]  Edenほか (1983)は「交渉的(negotiative)アプローチ」と呼んでいる(p. 19)。そこには専門家と当事者が交渉して、どちらも満足できる点を探すというニュアンスがある。しかし、社会構成主義の対話は「二つの世界をつなぐ水路」(Gergen, =2004, p. 95)であり、創造的な価値をもつものだ。しかたがって、アイデアそのものは Edenほか(1983)を用いているが、言葉としては「対話」を用いた。

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